皆さん、こんにちは。
クマです。ご無沙汰です。
久しぶりの登場ですが、どうしても皆さんにお伝えしたいことがあり、このコーナーに登場させていただきました。
「塚本泰史」1985年7月4日生まれ、浦和東高校から駒澤大学に進み、4年次には関東大学リーグでアシスト王・ベストイレブンに輝いた。2008年期待の新人として大宮アルディージャに入団、10月18日の東京ヴェルディ戦で初出場、2009年4月4日柏レイソル戦で得意の無回転シュートで初ゴールし、2年間でリーグ戦27試合出場2得点、カップ戦2試合出場、天皇杯2試合出場、通算では31試合出場2得点、これが泰史の2年間の成績である。
2010年は彼にとって飛躍の年であったはずだ。
正月に出身の浦和東高校での初蹴の時に膝に違和感があり、チームドクターに診察していただいたところ骨肉腫の疑いが判明し、その後専門医に診断していただいたが、結果は骨肉腫だった。
泰史の家族は本当に温かくて仲良しなファミリーだ。お父さん、お母さんは泰史の試合は全て観に行っているという。一昨年、泰史が始めてサラリーを手にした時、家族に食事をご馳走したらしい。その事をお父さんとお母さんは嬉しそうに私に話してくれた。
今回の病気を知り一番辛いのは泰史だろうが、家族みんなの辛さは想像がつかないほどのものであろう。
お父さんから、何とか手術をせずに完治できる方法は無いかと色々な方に相談したり、自分で調べて、良いと思われるところには診察に行ったと聞いた。
選手には、膝の具合が悪く検査しているので練習には当面参加できない、と伝えていたが、数名の選手に様子がいつもと違う、おかしいと察しられた。やはりチームメートは何かを感じたのであろう。2年間、常に一緒に居た仲間には自然と分かるものなのか?
泰史とご家族に相談すると「選手の皆さんに現状を伝えて欲しい」との要望もあり、1月24日のファンフェスタの終了時に伝えた。呆然とする者、すすり泣く者、天を仰ぐ者、皆その現実を受け入れられない、受け入れたくないという様子だった。
1月末、キャンプへも参加しないし、泰史の事を何もチームとして発信しない訳には行かないのではないか、クラブ内でも今後の対応等について幾度となくミーティングし、チームドクターにも相談した。しかし、病名を公表するのはプライバシーの問題もありできないのではないか、という意見が大多数だった。
2月8日、泰史から私に電話があった。内容は「私と家族で話し合った結果について直接お話したい。」というものであった。
早速、その日の夜に会った。泰史とお父さんが来てくれた。泰史は涙ぐみながらも堂々とはっきりした口調で「ご心配をお掛けしました。何とか手術をせず、完治できないかと色々なところで診察をしていただきましたが、結論はどこの病院でも手術することが最良であるということでした。サッカー選手としては致命的な手術ですが、私は勇気を持ってこの病気と闘います。」というものだった。更に「僕と同じ病気で闘っている世界中のみんなに勇気を与えたいので、自分の口でファン・サポーターの皆さんやメディアの方に伝えたいです。その機会を作ってください。」との申し出があった。
正直、泰史の顔を見ることができなかった。我慢できず場所も弁えず泣き崩れてしまった。入団した時の印象は一言で言うと「甘えんぼ」という感じだったが、この状況下でこんなことを思っているということに、自分の子供くらいの泰史の姿が、大きくそして偉大な勇者に見えた。
2月27日、メディアの皆様に泰史は自らの口で全てを語った。そしてチームメートにも自らの口で決意を伝えた。主税からチーム全員で作った千羽鶴を贈った。
3月中に手術を行う予定だ。手術後のリハビリも想像がつかないほど辛く大変だろう。しかし、ベッドの横にはチーム全員から贈られた千羽鶴が、必ずピッチに戻れるよう応援し続けるはずだ!
「盲亀浮木の縁」という仏教の言葉がある。「眼の見えない亀が百年ぶりに息継ぎをするため海面に上がってきた時、そこに浮木があり頭をぶつけた」とうい意味で、縁というものは偶然であるが、それを大切にしなければいけない、ということだそうだ。
泰史と大宮アルディージャの縁は偶然ではあったが、今は大切な大切なチームメート、アルディージャ家族である。病気に打ち勝ち、みんなの前に明るい笑顔で戻ってこれるよう応援し続ける!!